知っているともっと楽しくなる、雛人形にまつわる話

2021年11月27日

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雛人形の歴史を調べてみると、起源は平安時代とする説が多く、当時の宮廷貴族の間で子どもの無事な成長を願い、災厄を避けるための身代わりとして枕元に人形を飾ったのが元だろうと言われています。また、昔から人の形をした物を海や川に流して厄祓いの儀式を行っていたそうで、これらの人形と宮中で遊ばれていた、おままごとのような遊び「ひいな遊び」の人形がいつの間にか一緒になることで、長い年月を経て雛人形の原型へと変化していったと言われていますが、現在のような雛人形になったのは、それから約1,000年も後の江戸時代だそうです。その間に「ひな祭り」も3月3日の桃の節句として一般的に認知されるようになり、
江戸時代後期には江戸の街中で雛市が開かれるほどの流行ぶりだったと記録されています。

目次


  1. 医療が発達していなかった時代のお守りの役目

  2. 本来の雛人形の舞台は京都

  3. 雛人形の疑問にお答えします

  4. 時代とともに変化を見せる雛人形

  5. まとめ

医療が発達していなかった時代のお守りの役目


人の形をした物に災厄を移して水に流すという行事は、かなり昔から各地にあったようで、これが直接「流し雛」になったということでもないようですが、
身代わりになってもらって災厄を逃れるという考え方は、後の雛人形に至るまでずっと変わらず続いてきた信仰です。
医療が発達していなかった昔はなおさら、赤ちゃんに何事もなく無事に成長してほしいと切に願ったに違いありません。
平安時代の天皇をはじめとする貴族の間では、「天児(あまがつ)」や「這子(ほうこ)」という、布を人の形に仕立てた、
簡単なぬいぐるみのような物を子どもの側に飾ることで、災厄から守られると信じられていたようです。

左:『天児(あまがつ)』(東京国立博物館所蔵)
「ColBase」収録
(https://jpsearch.go.jp/item/cobas-86035)
右:『這子(ほうこ)』(東京国立博物館所蔵)
「ColBase」収録
(https://jpsearch.go.jp/item/cobas-85992)

また、この時代には貴族の子女の間に「ひいな遊び」と言われる、おままごとのような遊びがあったと記録されています。
「ひいな」というのは“小さくて可愛い”というような意味で、源氏物語の中にもその場面が書かれています。

源氏物語絵巻 隆能源氏 国立国会図書館蔵

華やかな貴族文化の中で、人の形をした物に災厄の身代わりをさせることで難を逃れるという信仰が、春の訪れとともに行っていた上巳の節句と重なり、
長い年月を経て「ひな祭り」へと変化していきました。と同時に、簡易な物だった人形もだんだんと「雛人形」として変化していったのです。
平安時代は唐(中国)の影響を強く受けていたため、五節句の考え方や桃の持つ効力など、さまざまな事柄において唐の文化が元になっています。
縁起が良いとされ、今でも着物の柄に使用されている吉祥文様や有識文様といったものも、この時代にはすでに確立されていたデザインです。


本来の雛人形の舞台は京都


童謡「うれしいひなまつり」の歌詞の影響で「お内裏様」を男雛のことだと思っている人が多いようですが、実は男雛と女雛の両方合わせて「お内裏様」というのが正しい名称です。“内裏”とは京都御所の中でも特に天皇がお住まいになられていた場所を指します。
1629年に京都御所で盛大な「ひな祭り」が開かれたことが史実に残っていますが、それがきっかけで、江戸の大奥へと伝わり、後に雛人形文化が花開く結果となりました。そのため、関東では向かって左側に男雛、右側に女雛を飾るのが通例ですが、関西では向かって右側に男雛、左側に女雛を飾ります。
これは、京都の貴族文化では位の高い人が左側に位置するのが慣例だった名残で、武家社会では逆に右側に上位の人が位置するのが習わしだったため、関東では右側に男雛を飾るようになったと言われています。
その後、大奥から広く一般へと伝わった「ひな祭り」の風習が江戸の雛人形ブームを巻き起こします。江戸時代初期まではお祓いに使われた、形代(かたしろ)によく似た男女一対の立ち雛や、座り姿の寛永雛が主に飾られていましたが、1700年代に入ると雛人形を売り歩く雛売りや人形店が集まった雛市などが江戸の街中に出現しはじめ、雛人形の変化も加速していきました。
武家の子女などのお嫁入り道具のひとつに加わるようになると、人形製作技術の進歩も手伝って、
衣装を着けた元禄雛や享保雛などさまざまな特徴を持つ雛人形が登場しました。特に享保雛は1体が50cmほどもある大きな物もあったそうです。
江戸時代の後半になると、さまざまなお供え物やお道具類、三人官女や五人囃子まで登場し、コレクションすることを楽しむようにもなっていきました。


江戸で雛人形が大流行する一方、京都でもたくさんの雛人形が作られていました。大型の享保雛や次郎左衛門雛がその代表格ですが、関西では京都御所を模した建物を中心に雛人形を飾る「御殿飾り」が主流でした。幕府によって度々、華美で大型の雛人形への禁止令が出されたことで、原点回帰の空気が流れはじめ、貴族文化に則った正しい衣装を着けた「有識雛」が登場しました。その後、現代の雛人形の原型とも言える、ガラス玉で作られた眼や植毛された髪の「古今雛」が作られるようになりましたが、
いつの時代も高貴な人への憧れが詰まった物だったようです。

源氏十二ケ月之内 弥生 歌川豊国 安政2年 国立国会図書館蔵

雛人形の疑問にお答えします


日本人の場合、ほとんどの人が一度は雛人形を見たことがあるはずですが、意外と知らないことも多いのではないでしょうか。先にも書きましたが、雛人形は宮中のしきたりに従って作られていますので、実は一般人には馴染みが無いことばかりです。その疑問にいくつかお答えします。


Q.男雛の冠についている長いやつって何?

宮中の婚礼の儀式を模していますので、男雛も女雛も第一礼装を身につけています。平安貴族と言えば「烏帽子(えぼし)」を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、それは普段使いの物で、儀式のときに被るのは「冠(かんむり)」と言われる物です。長く上に突き出た部分は「纓(えい)」と言い、ぴんと直立しているのは天皇の印です。他の皇族は真っ直ぐではなく、後ろへ垂れています。また、右大臣や左大臣の随身はくるくると巻かれています。

Q.女雛の髪飾りってどうなってるの?

大垂髪(おすべらかし)と言われる皇族や女官がした髪型で、前髪を上げるために釵子(さいし)と呼ばれる金属の板を紐と3本のかんざしで止めています。下の半円形の物は額櫛(ひたいぐし)と言います。この髪型は江戸時代後期からで、それ以前は古典下げ髪(割毛)が主流でした。現在でも大垂髪タイプと古典下げ髪タイプ、2通りの雛人形があります。

Q.男雛が手に持っているのは何?

笏(しゃく)と呼ばれる物で、実はこれには式に関する大事なメモが書かれていたそうです。現代で言うカンペみたいな物でしょうか。

Q.三人官女って何を持ってるの?

左から提下(ひさげ)、盃がのった三方(さんぽう)、長柄(ながえ)です。真ん中の三方は、地域によっては松竹梅をのせた島台の場合もあります。いずれも婚礼の儀式に使用する物です。

Q.どうして桜と橘を飾るの?

古来より桜と橘のどちらも邪気を祓う魔除けの効果があるとされています。平安時代の宮中内裏(天皇のお住まい)である紫宸殿がモデルとされていて、庭の東側(向かって右側)に桜、西側(向かって左側)に橘が植えられていたことに由来するそうです。東側の警備を任されていたのは左近衛、西側は右近衛であったことから「左近の桜・右近の橘」と言われています。(この場合は天皇の位置から見た左・右を差します。)雛人形でよく右大臣、左大臣と言われているお二人は衣装から推測する限り、実は右近衛少将と左近衛中将が正しい職種だと言われています。

時代とともに変化を見せる雛人形


雛人形の歴史を振り返ってみると、起源とされる平安時代から約1,000年の間は災厄を避けるための身代わりの人形としてあまり大きな変化は起きていません。新しい時代が始まり、京都から江戸へ「ひな祭り」というイベントが伝わるのと同時に江戸での雛人形ブームが起こり始め、その後200年近くかけて紆余曲折を経ながら現代の雛人形の形態へと変化していきました。
人気が出て売上が上昇するにつれ、さまざまな種類の物が登場する…この経済の仕組みはいつの時代も同じようです。そして競争の末に雛人形が巨大化し華美になっていったため幕府が禁止令を出し、結果的に小型化、上質化と、さらに違った方向へ変化していきました。現代では禁止令は出ませんが、社会情勢によって変化していくという点では共通しています。
また、その裏側に垣間見えるのが人形師の職人気質です。時代の流れに翻弄されながらも「良い物を作りたい」というクリエイティブな姿勢は、現代にも通じるものがあります。
雛人形の形態がどんなに変化しても、親が子どもの無事な成長や幸せを願って飾るという、その根底に流れているものは、平安の昔から変わりません。


まとめ

雛人形として飾られる物のひとつひとつには全て理由があります。それを知らずにただ飾るよりも何故そうなのか、ひとつひとつの裏側にあるストーリーを知って飾る方がとても有意義な物になります。日本古来の大事な文化として、そして雛人形に込められた願いの意味を、お子様にもぜひ伝えてあげてほしいものです。

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