どれを選べばいい?五月人形の選び方と人気武将

2022年2月1日

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毎年5月5日は「こどもの日」とされていますが、もともとは「端午(たんご)の節句」と言われる五節句のうちのひとつです。端午とは5月最初の午(うま)の日という意味で、奈良時代には既に宮中で節句行事が行われていたようです。
医療が発達していなかったこの時代は、5月に盛りを迎える菖蒲(しょうぶ)を薬草として用いて邪気を祓い、健康長寿を祈願していました。宮中では端午の節句に菖蒲の薬玉を天皇から賜る儀式を行っていたことから菖蒲の節句とも言われます。
鎌倉時代以降、武家社会になると菖蒲=尚武(しょうぶ)と置き換え、武士の家を中心に男の子の無事な成長を祝う節句として定着していきました。
たくさんの種類がある五月人形ですが、一番人気はやはり鎧や兜飾りです。特にここ数年は戦国武将がブームなので、好きな武将で選ぶ人も多いようです。ここでは五月人形の種類や選び方についてご紹介します。

目次


  1. 五月人形の種類と選び方

  2. 人気の戦国武将の飾り

  3. まとめ

五月人形の種類と選び方


五月人形には大きく分けて家の中に飾る「内飾り」と、屋外に飾る「外飾り」の2種類があります。今でも田舎の方では鯉のぼりと名前が書かれた武者絵幟が掲げられている風景を見ることができますが、都市部では飾ることが難しくなってきたこともあって「内飾り」が主流です。
また、最近ではコンパクト化や多様化の影響で五月人形と一緒に名前旗を飾るご家庭も増えています。


「内飾り」の代表格は鎧飾りや兜飾りです。もともと鎧飾りには兜も含まれていますが、近年ではコンパクト化に伴って兜のみの飾りが五月人形の中でも一番人気となっています。


鎧飾りや兜飾りの定番は平飾りですが、兜飾りには他にも収納飾り、ケース飾りなど、飾り方のタイプによって違いがあります。
鎧兜が飾られるようになったのは鎌倉時代の武家の習慣に由来していますが、江戸時代になって商人の間で作られたのが鍾馗や金太郎、桃太郎といった武者人形です。他にも子どもが鎧兜を身につけた子ども大将があります。


屋外に飾る「外飾り」の代表格は何と言っても鯉のぼりですが、実は江戸時代に武家のような幟旗や武具を飾ることが許されなかった商人たちが対抗して中国の登竜門伝説をもとに生み出した物です。最近ではマンションのベランダでも飾ることができるようなタイプも登場しているようです。
選び方の基準としては、
・飾る場所やスペースに合わせて飾る物を選ぶ
・収納飾りやケース飾りなど自分のライフスタイルに合わせて選ぶ
・好きな武将で選ぶ
などが考えられます。
まず飾る場所は家の中か、屋外か、さらにそのスペースはどのくらいかを検討します。そして収納スペースが気になる場合は収納飾りが便利ですし、ペットを飼っていたり転勤などで引っ越しが多い方にはケース入りの物がお勧めになります。
これらの条件を踏まえた上でデザインや雰囲気を選びますが、たくさんの中からひとつに絞るのが難しい時は好きな武将で選ぶのも決め手になります。

人気の戦国武将の飾り


多くの戦国武将の中でも人気が高い武将の五月人形をいくつかご紹介します。それぞれに特徴がありますが、特に兜の前の部分(前立)にはひときわ目を引くモチーフが付けられています。混乱を極める戦場でひと目で誰か見分けるためでもあるのですが、相手を威嚇したり自分を鼓舞したりする意味や武将が信仰する戦の神のご加護を受けられるようにその象徴物を付けたと言われています。


・上杉謙信・・・日輪と三日月を組み合わせた前立が印象的。「軍神」「越後の龍」とも言われ、戦には天才的な強さがありましたが、敵にも味方にも義理堅く人格者として尊敬される武将です。


・徳川家康・・・天下統一を果たし平和な江戸時代を築いた偉大な武将としてあまりにも有名ですが「鳴かぬから鳴くまで待とうホトトギス」という言葉から忍耐強く堅実な人柄が伺えます。子孫繁栄の象徴であるシダがデザインされています


・武田信玄・・・上杉謙信のライバルとされ、「甲斐の虎」と称されました。角のような前立と後頭部に白い毛を垂らした独特の「諏訪法性兜」がトレードマーク。


・真田幸村・・・鹿の角と六文銭が特徴的な赤い兜です。大阪夏の陣では自分の隊を赤色で統一したことで「真田の赤揃え」と言われ、諦めることなく敵に打撃を加えたことから「日本一の兵(つわもの)」と讃えられました。


・伊達政宗・・・左右非対称の大きな三日月で有名な伊達政宗の兜です。当時の武将たちは星や月など天体を神として信仰していたためと言われています。シンプルで大胆なデザインは現代でも通用するほど秀逸です。

まとめ


鎌倉時代以降、武家で梅雨入り前に鎧兜を虫干ししたり手入れをした習慣があったことから端午の節句に飾るようになったと言われています。鎧兜は武士にとって戦場で身を守るための大事なお守りの意味があり、子どもを災厄から守り、健やかな成長を願って飾る物として相応しいと考えられていたのです。
平和な江戸時代には商人たちが武家を真似て新しい五月人形を生み出し、それが現代でも受け継がれています。時代の流れに合わせて少しずつ変化していく五月人形ですが、どの飾りを選んだとしても子どもの無病息災を願って飾るお守りであるという点はこの先も変わることはないでしょう。

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